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浅野いにおはどうしてプンプンを幸せにしてくれなかったのか

おやすみプンプンって、プンプンが幸せになる物語だと思ってた。

 

 

おやすみプンプン 1 (ヤングサンデーコミックス)

 

 
1巻を始めて手にした当時、まだ未成年だった私は
ただの話題性と表紙の可愛さだけで購入した。
家に帰ってすぐに読み終わって、なんだか今まで読んできた漫画よりも
はるかに精神的に大人なやつだ、、と、ちょっとドキドキした。
すでに2巻がすでにブックオフに出ていたので、すぐに買いに行った。
 
 
続きが読みたくなる漫画の絶対条件の一つとして、
「主人公が気になる存在でなければならない」というものがあるが
プンプンに関して言えば私はそういった意味で完全に虜だった。主人公のプンプンに。
 
冒頭の通りプンプンがどんな風に「幸せ」になっていくのかを見たくて
私はおやすみプンプンを読み続けていた。
 
 
 
そもそもこれまで読んできた物語は全て先が読めるものばかりだったのだ。
少女マンガの主人公は大好きな彼と結ばれるに決まってるし、
少年マンがの主人公はどんな敵だって倒せるに決まってる。
 
高校生のときに相当な大人向けと思っていた「君はペット」だって
最後はクソハッピーエンド。やっぱ大人の漫画はすごい。
結婚しちゃうんだもん。少女マンガは両想いエンドが多いけど、
結局女の憧れのゴールって結婚なんだね。
 
 
 
当時純粋かつ素直だった私は一向にプンプンが幸せになれないのを眺めながらも、
そのうち大どんでん返しがくると信じ、果敢に読み続けたのである
 
 
変だなーと思いはじめたのは7巻あたりである。
 
 
プンプンを、安心して読めなくなってきていた。
「あれれのれ?」状態だった。「これ無理じゃね?」って。
 
緩やかに彼を取り巻くものたちもろとも落ちていき、
更にだんだんとそのスピードを上げていった。
日常的な不幸から、やっぱ漫画だねってレベルのド不幸にまで沈んでいった。
 
 
そしてあの最終巻。もうね即買った。期待もこめて。幸せになってプンプンって。頼むよ。
でもプンプンは幸せとは言えない状況のまま、浅野いにお氏は物語を終えてしまった。
あの感情は今でも上手く言えない。
 
 
あの1巻初登場の可愛いプンプン。プンプンって名前も最高に可愛いのに、
一体どこで間違えたのか。
グッズ化だってされてるプンプン。もうあのオチを見たら可愛いなんて思えないよプンプン。
どうして浅野さんはプンプンを幸せにしてくれなかったの。
 

 

って、部屋の片付けしてたら出てきたプンプン全10巻を一気読みして
そんな気持ちで読んでたなーって思い出してたところ。
 
 
 
 
今読み返すと1巻からすでに詰んでる感と、これから不幸になってく感がすでにすごい。
それに今なら、別にプンプンが幸せじゃなくても全然良い。
 
そういう人生もきっとあるし、と思う。
 
 
 
続きが読みたくなる漫画の絶対条件の中に、
「自分と重ね合わせられるか」も重要になってくると言う。

 

 

 
プンプンを読み始めた当初は、
漫画だって自分の人生だって、絶対ハッピーエンドだと思ってた。
どんな生き方したって絶対常に幸せな気持ちでいられると思ってた
だから勝手に感情移入して、
自分とプンプンを勝手に重ね合わせて、最後は幸せになれると思ってたからこそ
あの結末に納得いかない私は勝手に傷ついていた。
 
 
今は、幸せになれないかも、と思っている。
幸せってなんだろうとも思っている。
あの頃の私にとっての幸せってなんだっけ、思い出せなくなっている。
 
 
 
 
もしかしたらプンプンだって、愛ちゃんと遠くにいけて幸せだったのかもしれない。
 
まあそのあとやっぱり漫画読んだあとくらいハッピーな気持ちでいたいと思ったので、
おやすみプンプンはまた本棚に戻しました。
 
5年後くらいになったらまた読もう。