女が奢ってもらえるのはジェンダーなのか?

リリーのすべて(the danish girl)を観てきて2ヶ月ほど経った。
 
 
あの映画を見た直後は、頭の中がリリー一色だった。会う人会う人に「絶対観ろ」などと言ってまわり、
その話題の最後の私の決めゼリフは、「私もうニートにオチンチン挟んでみてなんて言うのやめる」であった。
 
 
ニートはよく私の小芝居に付き合ってくれる。
その中でもよくやる演目は私とレイコという女が織り成す珠玉のガールズトークがただただ展開されるものだ。
もちろんニートがレイコに扮し、流行りの俳優の文句を言ったり、どの服が男ウケが良いか持論を展開しあったりしていた。
 

「キキちゃん、その靴は足が太く見えるからやめた方が良いと思うわ」
 
そしてたまにニートはオチンチンを股間にはさみ、レイコとして振舞ってみせた。
私はそれを見て私はゲラゲラ笑った。
 
 
 
まさか私たちのクソみたいな遊びが劇中でおっぱじまるとは。
というか、あのくだらない遊びは禁じられた遊びだったとは。
 
 
映画自体は本当に素晴らしかった。レイコが見え隠れしてたけど。
 
ゲルダ役の人の感情移入させるのが上手すぎて途中から私は完全にゲルダだったし、
アイナーからリリーになっていたはずが、気がついたらリリーからアイナーになっていく様は
見事にも程があり、号泣しながら口はあんぐりと開いた。
 
レイコが見え隠れしてたけど。
 
 
どの時代も、男女はポップな悪ふざけをしたり
取り返しのつかない事件を勃発させたりしてるんだなと思った反面、
強く感じたギャップは、女だからこう、男だからこう、いわゆるジェンダーだ。
 
 
ゲルダはパートナーが女であることはもはや「いない」も同然で
どうやったって頼りにならないような言い方をしているし、
リリーはリリーでもう女を守らなくても良いという開放感があるように見えた。
 
 
 
「リリーのすべて」の時代に比べて、
私たちは男や女がしなければならない役割分担が随分と軽減されたと思う。
離婚が簡単にできるって、一見うわあ、、みたいに思うかもだけど、
それだけ自立力があるって素晴らしいことよね!!
まあ結婚のケの字すら半径100キロ以内見渡しても見つからない私が言うのもあれなんだけどさ、、、
 
 

性役割(せいやくわり、gender role)とは、その性別に、社会的に期待されている役割のことである。

例えば、「男だから、めそめそしない」「女だから、おしとやかにする」などの行動規範に従って行動するとき、その人物は性役割を演じているとされる。

(参照:wikipedia

 

 

女だから奢ってもらえるとかも性役割なんですかね?

それともそんなに稼げてないだろっていう社会的弱者扱いなの?どっちなの?人によるの?

 

 

 

まあどっちでもいいわ、そういえば私奢ってもらったことなんて、上司しかないや、、、、

レイコもニートだしね、、、